黒沢さんの脱ぎっぷりがすごいという評判もあり、このジャケット写真もあって、ついスケベ満載のそういう映画なのかなと思って、下世話な好奇心で見てみたくなる映画です。 で、確かに、黒沢さんの脱ぎっぷりはすごいです。見事です。でも、それだけのことをするだけの価値が、この映画にはありました。ストーリーは、ありがちだとも言えると思います。秀逸な展開は無い。でも、一種のファンタジーとも言える作品として、素敵な作品に仕上がっていました。そう素敵な映画でした。 そして、とても演劇的な映画でもありました。 主人公の横にいる二人の脇役、三谷昇氏と、田鍋謙一郎さんが、ものすごくいいです。三谷さんはもう、その存在感はもちろんすごいのですが、彼の素晴らしく味わいのある演劇的で完璧なセリフを、この(申し訳ないけれど)無名の役者さんが、また完璧に受けてくれています。この一本で、彼の演技を、セリフを、もっともっと見てみたくなります。この二人の存在が、この映画を、一段も二段も味わいの深い作品に持ち上げています。 10年後に残る、後に評価が付いてくる映画を作ろうとかかったというこの作品。本当にいい作品でした。 そして、・・・黒沢さんが木とまぐわる場面。すごかった。本当に、「木」と彼女は魂が通じ合って交わっていた。世界中のどんな映画も、あんなに見事なシーンを撮ったことは無いと思う。何よりもこの場面を完璧に演出したのだろう監督に脱帽。それに見事に応えた黒沢さんに、脱帽。もう一度言っておこう。素敵な映画でした。いい作品でした。
若い頃、奥田瑛二に憧れていた。 ああいうだらしない男が格好よく見えた。 本書は役者本としては、出色の出来ではないか。 奥田瑛二は役柄と本人の内面が通じ合う数少ない役者である。その背景を奥田が自らを語っているのだが、本書の肝は「だらしなく頼りない男」になるために彼は生きてきたという下りだ。 それは奥田にとって理想の生き方だという。 役者としても人間としても彼はマッチョやスタイリッシュな生き方を否定して、自然体をよしとしてきた。その自然体が「だらしなく頼りない男」というはちょっと・・・ではあるが(笑)。 「だらしなく頼りない男」の作法がきちんと生真面目に書かれており、巷の「俺本」とは明確に異なる。繊細なのだ。 ともかく女性にもてまくり、仕事にも没入した奥田瑛二の半生を読むことが出来る。 その語り口は奥田節というか、熱いのか醒めているかわからない、独特のリズム。役者としての矜持も感じられ、一読の価値有り。 かっこいい。
奥田英二は相変わらず。この人確か「新・雪国」でもこんな役やってなかったっけ?吉本多香美はその点奥田を好きになる女の心情をうまく表現していると思う。 ちょっとロードムービーっぽい。それはまたそれでいいんだけど。
奥田さんの絵は「おさびし山のさくらの木」のイメージがかなり強く、本屋で見かけたとき「おや?」と思いました。 今回のテーマも”桜”でしたし。 タイトルの通り桜色のウサギの話です。ウサギの夫婦とその子どものお話。 深読みすると、イジメや偏見の話と取れるのかもしれません。 主人公の桜色のウサギが出会う辛い想いは、親のウサギにも子どものウサギにも辛い事、簡単に何とかなる問題ではなくて・・・。 でもきっと生きていくうちには、多少の差こそあれ”いろんな辛い事”がやって来るはず。それを一緒に励ましあって、自分自身を信じて居られるウサギの親子の姿が心に響きます。 最後のひと匙の”隠し味”は、絵本ならではの優しい光みたいです。夢と希望が詰まっていました。その味は読んでみてからのオタノシミで。 もう少し早く、桜の季節に桜の木の下で読みたかったと思います。
力作。 何といっても松坂慶子の演技である。 聖と邪、情と怨が相半ばする濃密なキャラクターを見事に演じ、見ているこっちが引いてしまう程鬼気迫るものがある。女優魂が爆発している。 面白いのは、前半がハイテンションで、後半にいくに従って落ち着いている。監督・奥田瑛二の意図的な演出なのだろうか。 ともあれ、ラストシーンの斬首寸前の全てを超越したような艶めいた表情にとどめを刺された。まさしく渾身の演技。 長くなるのを承知で、千代と花鳥のドラマを間に挟み込む事で、この映画のテーマたる人間の業(カルマ)の深さと儚さ、哀れさが更に作品に重みを加えている。 西島千博もあの「池袋〜」とは違う野生味溢れる存在感。最後のクライマックスといえる捕物劇の息を呑む程の壮絶さ。あの立ち回りの、えもいわれぬしなやかさはさすがバレエダンサーたる彼の真骨頂だ。 映画力ともいえる熱量を持つ奥田演出だが、反面それに伴うドギツさ(特に本人自ら出演する場面の意味不明なエグさ)には好き嫌いが分かれそうだ。
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