月刊コミックビームに連載中の「夜は千の眼を持つ」2006年8月から2010年12月号掲載分が収録されています(途中「帽子男シリーズ」「さよならもいわずに」の掲載中は中断)。 全編を通じて表紙と巻頭の写真漫画、各章の頭にしるされた公約、あとがき共々「夜千党」と言う架空政党の選挙運動の体裁を取って居ます。 読んでいて曲者掲載誌コミックビームとの強い結び付きを感じます。 帯の一躍売れっ子となった連載作家ヤマザキマリ氏の推薦文を初め、必ずしも知名度が高いとは言えないビーム連載作を同じく同誌で独特のカケアミを多用した画風で知る人ぞ知る個性派作家、山川直人さんの絵でパロディにした第14話「ヤマカワビーム」、第39話「月刊コミックビーム創刊15周年記念企画 コミックビームのあゆみ」などは連載誌を読んでいる方ならそれこそ爆笑モノでしょうが、ご存じない方には何の事やらサッパリ解らないに違いありません。 作者お得意の模倣漫画も「さよなら〜」連載中に抑えていたギャグ漫画家魂が暴走したセルフパロディ企画「さよいわグッズ」を始めとし、シリーズ化した「○休さんシリーズ」、壮絶に面倒くさそうな「模写でなんでもカウントするシリーズ(?)」某さいとうたかをさん有名作、赤塚不二夫さん有名作と目白押しです。特に後者は爆笑必至ですが少しホロリと来ます。 上記以外でもお馴染みのメタな漫画表現を題材とした「キャプテントラウマ」シリーズ、本作内では比較的日常との接点が多い「サチコと友」シリーズも掲載されて居ます。 前記の疑似選挙運動を始めとして、これだけの濃く手間暇かけた内容を数年置きで電話帳の様な厚さの単行本で出す事自体もう笑うしかないのですが…。初めての感涙作「さよならもいわずに」が氏の作風に与える後影響もかなり気になっていたのですが、本作を読んで安心致しました。 高齢者には一部目がチカチカする細かい漫画も御座いますが爆笑物です。
写真には写ってしまう。写しただけで。けれど、漫画には顕れない。描かねば。そしてこの漫画はすべて、描かれたものだ。 かつて作者の『五万節』を初めて読んだとき、そこまで描くのか、と何度も見開きに見入った。そして、この作品では全く違う意味で、そこまで描くのかと圧倒された。冷蔵庫に貼られた収集カレンダー、台所の床に並んだ空き瓶、番組表、内用薬の袋、広場の目地、スロープのある階段の手摺、隅々にまで筆が入って「描かれて」いる。たとえば読者は、かつて使われていた灰皿が「いわしの味噌煮」の缶詰であり、広場の駐禁は「タクシーの客待ちを除く」ことを知る。描かれているからだ。それらは物語と直接の関係はない。けれど、関係のない些細な場所まで筆は届いている。この作品のページを何度も開くのは辛い。けれど開くと見入ってしまう。どんな小さなものにも、描かれた時間があり、そこには鎮魂の時間が流れている。これはまぎれもなく、漫画の時間だ。
『夜は千の眼を持つ』(以下『夜千』)はコミックビームの草創期から連載されている、現時点で最長の連載漫画です。 著者のウエケンは、費やした労力とその見返りが釣り合っていないことで有名な漫画家ですが、その原因は彼自身のギャグの発想にあります。 一ページをぎっしりと使用しての大長編文学の漫画化、ひたすらに他の数多の漫画家の絵を模写(トレースにあらず)、トーンのハギレ(余り)を用いた怪獣漫画………こんなのをやってくれるのはウエケンしかいません。 とにかくページを開くたびにさまざまなギャグがあらわれるので(なにぶんぶ厚い本なので…)、ところどころパラパラとめくってそこから読む、などという読み方をすることもアリだと思います。帯にあるようにまさにギャグ漫画の百科事典です。冒頭から巻末まで、一向にパワーの衰えを見せません。 長らく単行本を期待する声がありましたが、実際に発売されることを知って、喜ぶ反面驚いたのは僕だけではないと思います。不意にそう感じさせるのが、ウエケンの持ち味なのでしょう。約450ページ、非常にお買い得な本で発売してくれたビーム編集部に、それからなによりウエケン本人に感謝です。せっせと「あの」アンケート葉書を書くとします。 単純に原稿が貯まるだけでもあと三年はかかる(笑)続刊を、何とかしてファンの間で実現させたいところです。ギャグ漫画を好きな人のみならず、「なにかに必死になる人」を知りたい人にぜひ読んでほしいと思います。
備考:その際、読むときにはあまり肩に力を入れず、「よ〜し読んでみるか! ヒマだからな!」と唱えることをオススメします。
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