「ツァイス・イコン・アクティエンゲゼルシャフト・ドレスデン。この名前には(中略)聞いただけで大企業のイメージがある。 それにくらべるとエルンスト・ライツ・ゲーエムベーハー・ヴェツラーという名前はいかにも軽い」
いささかその感覚をいぶかりたくなるようなこの書き出しは、本書の中で筆者が豊富な図版資料と一見した客観性の背後で 展開しようとしているものが、 実は思い込みと偏見の産物である私論に過ぎないのではないかという読者の危惧を、まぎれも なく示唆している。
注意深く読み進んで行くと、前半で語られる「歴史秘話」の大半が、本国で出版されている専門書や類書から引用した事実 関係の上に筆者の独自推論と仮説を積み重ねて構成した、相当に都合のいい歴史観であることに気がつかざるを得ない。
案の定、後半のカメラ解説では、本書のメインテーマであろう筆者の私論が、一気に前面に出てくる。文章は客観性の殻を脱ぎ、 典型的な「のだ」説法に堕ちて行くのだが、ここから先はもうまったくいただけない。「こうなっているのだ」「こうだった のだ」「こうなのだ」「そうなのだ」 文節文末に「のだ」を連発する「のだ」説法とは、客観的な「解説」の視点よりも 「説得」の熱意が前に出てしまった文章作法の失敗の典型であり、論旨の独りよがりな強引性とその空転の象徴だからである。
筆者の私論は、本書の「おわりに」において朗々と詠われる自己陶酔の桃源郷ともいうべき製品讃歌において、炸裂する。 この一文には、もはや赤面を禁じ得ない。 レビュワーはカメラファンですらないが、「定説への異論・反論」という、おそらく 筆者が秘話を語るに立ったその動機には大変に共感する。しかしそれならばなおさら、著述は客観的なうえにもなお客観的で なければならないと思う。私論を持って私論を制するのでは、オタクの舌戦と変わらない。到底共感できないのである。
追記:なお、この本の筆者は、その著書「ヒトラーのデザイン―ドイツ・デザインの向う側 (ワールド・ムック 747) 」の内容で 半ば公言されているように、胸の悪くなるようなナチ/ヒトラー崇拝主義者である。ユダヤ人虐殺を擁護する論述すら同書には 散見される。もしカール・ツァイスAGがその事実を知ったら、本書の巻頭辞はただちに取り下げられることだろう。
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