文芸春秋の巻頭を飾る随筆集の、「取り」を務める塩野氏の随筆にはいつも教えられるものがある。同氏の作品は一冊か二冊しか読んでいないが、この随筆に載せて語られる主張や意見には、感銘を受ける記述が多々あり、毎回読むのが楽しみである。
さて、この本であるが、これは週刊誌やその他の雑誌に載せられた随筆を編成したものである。だから、どこかで読んだことのある文章もあったが、文芸春秋に載せられていたものはなかったようである。それらの再読を期待していたのだが、発行が新潮社なので仕方がない。
それでも、「読者に」と題した巻頭言は歯切れのよい文章で、いかにも塩野さんらしい。小林秀雄が、自分の著作『本居宣長』は値段が高くても二度読む気にさせるので結果として安いのだ、と述べたことを上手に引き合いに出して、「私の作品もそうなのだが、この本(想いの軌跡)は二度読むほどのものではないのでいつもの著作の半分の値段にすることを条件として出版を許したのだ、」というようなことを述べている。ともすると不遜思える記述ではあるが、塩野さんの率直さがかえって小気味よく、その巻頭言でもって読もうという気持ちを刺激されてしまうのだった。更に印象深かったのは、歴史小説家としての資料の探索にかける時間と、地図の掲載にたいするこだわり、そして校正にかける時間の記述である。塩野流の小説が出来るまでをさらりと述べているのであるが、私が共感したのは校正に一ヶ月も掛けるという、その努力(言葉が適切でないかもしれないが)にであった。校正なくしてよい文章はない、ということを何かで読んだことがあるが、才能のある人をしてもそうなのかということがわかり、何か安心した思いに至ったのだった。
随筆集だからといって軽い内容ばかりではなく、文芸春秋の随筆でおなじみの辛い批評や意見もあり、それらの記述には刺激を受けた、そして断片的にではあるが、塩野さんの私生活も控えめに書かれていて、塩野ファンとしては興味深かった。
時の絶対権力者・ローマ法王アレッサンドロ6世の長男でありながら、聖職者の子供ということで嫡子としては正式に認められず、長男は聖職の道へという当時の風潮に逆らい、自分の力でイタリア半島を統一しようと夢見た男、チェーザレ・ボルジアの生涯を描く。著者はイタリアのルネサンス文献・ボルジア家にかかわる資料を徹底的に調査・研究し、史実をもとにイマジネーショインを働かせて一大歴史小説に仕上げてる。堅苦しさは全く無く、カリスマ的な魅力を放つチェーザレのキャラクターを余すところなく引き出し、浮き彫りにしている本書はイタリア好きにはたまらない珠玉の一冊である。現代にも通じる君主とは何か・上に立つ人間の考え方や行動の取り方などは手本になる部分も多いはず。
私はこの本をハードカバー版と文庫本番の両方を持っている。両者の違いは何か。分冊になっている、本の体裁が違う点はもちろん、1番大きな違いは、文庫本版でだけ読める、その冒頭の、感動的な「『ローマ人の物語』の文庫本化に際しての、著者から読者にあてた長い手紙」という小文の存在であろう。私が知らなかった文庫本という形式の出版の歴史そのものから説き始めて、文庫本化に望む作者としての矜持を示してくれる。この小文を読めるだけでも、この文庫本版ローマ人の物語(1)は買う価値があると思う。
本文の内容については、既に多くのReviewerが書いている通り、すばらしいものであり、まさに巻を置くことあたわずの境地に多くの人を引き込んでくれるものと確信するが、ここではこれから「ローマ人の物語」を読み始める人のために、「『ローマ人の物語』の文庫本化に際しての、著者から読書にあてた長い手紙」の存在を指摘させていただいた。
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