だいぶ昔に著者の「Jの神話」を読んで、なんともいえない しょっぱい気持ちになった記憶があったので、なかなか二冊目 を取る勇気がなかったのだけど、この本がエンタメの永遠の テーマともいえる「タイムトラベル」ものだと知り、読んで みました。
結果、読んでよかったです。素直に面白かったです。 というか、読んでいて常に知的好奇心を刺激される展開で、 久しぶりにワクワクしながら小説を読むことができました。
九ヶ月だけ過去に戻れる。しかも意識だけ。 という設定が、なんとも絶妙です。自分だったら何をするだろう と、まるで自分のことのように思いながら読めたのがよかったの かもしれませんね。
「そして誰もいなくなった」を意識したラストはあんまりだった けど、あれはあれで話の決着としては仕方ないのでしょう・・・。 主人公の彼の、また違った生き方を見てみたい気もしていますが。
とにかく著者の作品への「ためらい」はなくなったので、次は 「イニシエーション・ラブ」を読んでみたいと思います。
ミステリを読む際、犯人やトリックさえ判れば再読する価値はない、 とする考え方がある一方、逆に、真相が判ったからこそ、伏線の配置が 適切であったか、ヒントの提示がフェアであったかなどを検証するために 再読する、といった考え方もあります。
本作は、後者の考えを促す最たるものであり、 「こんなトリックすぐわかった。つまらん」といった タイプの方には、あまり楽しめない仕様となっています。
たしかに、本作で用いられているような叙述トリックには、前例がありますし、 本格原理主義の立場からすれば、手法自体が邪道なのかもしれません。
しかし、単にトリックだけを取り上げて評価するのではなく、俎上に上げられた 「素材」との相関のさせ方にこそ、著者の創見を見るべきだと私は思います。
本作の「素材」は恋愛ですが、その描き方はいかにも陳腐で類型的。
もちろん、著者はそのことに自覚的であり、 一種の確信犯としてやっています。
本作の単行本版が刊行された2004年は、韓流ドラマや セカチュー、イマアイなど「純愛」ブームが花盛りの頃です。
そうした風潮が蔓延していた当時に、こんな身もフタもなく、 毒っ気たっぷりの「恋愛小説」を出すところに、著者一流の 皮肉と批評性を感じます。
ごく平凡で、ありきたりな男女の恋愛話が、真相を知って 読み返すと、まったく違った相貌を見せる――。
本作は、少々大げさですが、紙媒体における小説の 可能性を真摯に追究した野心作といえるでしょう。
ハマり落ちた男の話
あらすじ
『イニシエーション・ラブ』の衝撃、ふたたび。 1983年元旦、僕は春香と出会う。僕たちは幸せだった。 そう、春香とそっくりな女・美奈子が現れるまでは・・・ 良家の令嬢・春香と、パブで働く経験豊富な美奈子。 うりふたつだが性格や生い立ちが違う二人。 ほんとに僕が好きなのはどっちなんだろう?
感想
予断なく読みたい人は回れ右、あるいは左をしてください。
イニラブありきの本作。 冒頭から、語り手の男がBAD ENDを選択したことが明かされます。
どうやって、どんな仕掛けでこの男が不幸に突き落とされるのか。 注目はそこに集まります。
他人の不幸は蜜の味。 そうやって甘い蜜を舐めるのに夢中になっているうちに 伏線を次々読み逃していき、ひどいラストが姿をあらわにします。 特に、中盤あたりに出てくる唐突な一言がラストにつながるさまは 唖然、開いた口がふさがらないくらいひどい。
今作が優れている点は、一撃必中の仕掛けだけにあるのではなく、 ちゃんと恋愛小説の体裁を整えているところにあるんだと思います。 だからこその、落差のある墜落があります。
一度くらいは、乾さんによる普通の恋愛小説を読んでみたいです。 何かあるぞあるぞ、と見せかけて何も起きない。 それはそれで、面白そうだと思います。
読んでからの一言 「2011 本格ミステリベスト10」の評論が的確過ぎてしどい
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