当作品は2000年春、トム・ハンクス主演で映画化され話題を呼んだ。触れただけで相手をいやす奇跡の力をもつ黒人死刑囚と白人看守ポール、それに人の言葉がわかるネズミ!とのふれあいを描いた「ヒューマン」な作品と喧伝されたが、これはこの作品の一面にすぎないだろう。 囚人の犯した残酷な猟奇殺人、目をそむけたくなる電気椅子で処刑され生きながら焼かれる二分間、また、看守の立場にありながら死刑を私刑として邪悪な心で楽しもうとする若い看守パーシーの呪われた最期など、ダークな見所が満載なのだから。 しかし、この作品のもっとも恐るべきは、ラスト近く、作者が「『奇跡』とは、ある意味『呪い』に等しい」とポールに言わせている点だ。その瞬間、読者はいわば他人事として高みの見物していた死刑囚の立場に、自分もなりうるのだと気づいてしまう。刑を執行する側からされる側へ。異なる二つの立場が確かに重なり合って、同じ苦悩を内包していることに気づかされてしまう。死刑囚の逃れられぬ絶望感、孤独感、おぞましい死刑執行の瞬間を我が身に感じてふるえあがることになる。そのときこそ、わたしたちは考えなければならない。刑が執行される(する)瞬間、あるいは奇跡を得た瞬間、人間が、人間らしくあるためにはどうすれば、どうあればいいのか。 ポールが本書で、キリストに向かって常に投げかけているその問いの答えは、わたしたち読者自身で探さなければならないようだ。
老人ホームに入った主人公が過去を回想するという設定のためか、小説が経時的には進まず、過去のエピソードが前後してひとつづつ語られる。息もつかせず一気に読むというよりは、ゆっくりマイペースで読み進められる小説。静かに感動できる。
映画が素晴らしかったので、原作を読んでみました。映画は原作に忠実に作られています。200頁足らずの薄っぺらい本ですが、6冊分あるため、長編作品と言っていいでしょう。しかし映画と原作が殆ど同じ内容になっているのが不思議ですね。普通映画は原作を削りに削って作られていますから。数々の名作映画の原作者であるスティーブン・キングは映画を意識して書いているとしか思えません。映画同様素晴らしい本でした。
初めてこの映画を観たときは予備知識も全くなかったので思いっきり泣かされた。
2回目はもうあらすじもオチも知ってるし泣かないだろと思っていたがやはり泣いた。
悲しいからだけで涙が出るだけではないような気がした。
劇中コーフィーが人の痛みを感じてよく泣いていたが、その力が自分にも宿ったようにいろんなことを感じて泣いた。不思議な感覚だった。
コーフィーの台詞一つ一つには胸迫るものがあり、最後の台詞は涙なしではいられないほど心を締め付ける。人間の愛情、憎しみ、残酷さ、汚さ、全てを考えされられる映画だ。
可愛いねずみが登場する和やかさや、少しくすっと笑えるシーン、感動的な場面と悲劇的や残酷なシーンなどのバランスがとてもいい。舞台はほとんど変らないのに、3時間の長い時間飽きるということがない。俳優陣も個性的で素晴らしいキャスティング。特にパーシー(ハンクスの部下だが知事かなんかの甥)の憎たらしさときたら。。喝采モノの悪役ぶりである。
ラストは全て八方丸く収まって大団円ではないが、映画の余韻を残したしんみりした終わり方になっており、改めてこの映画の良さを反芻できるはずだ。
老人が過去を回想する、という映画が多いように感じる。「タイタニック」もそうだった。グリーンマイルの原作はステーブン・キング。お約束の人の心が読めるというキャラクターが出てくる。普通、超能力というのはうらやましいものだが、それは人が自分の都合のいいことしか想像しないからで、本当は相当不都合だろう(例えば小説「透明人間の告白」とか)。そんなところも描かれているのでキングの原作の映画は好きだ。ただグリーンマイルに関してはどうだろう(原作は読んでないが)。罪人を超能力で殺したり精神病院に入れていいのか。倫理観に関しては疑問が残る。死体置き場地下のホールエコーがスピーカーマトリックスでよく出ていた。
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