ドン松五郎シリーズとは、人間の言葉を理解する犬・ドン松五郎と飼い主の友情や活躍を描いたシリーズで、今まで3作が作られている。
その中でも、僕はこの2作目が一番好き。
1作目・3作目は、ドン松五郎の最後が切なく、後味が若干悪かったりする(特に1作目)のだが、この2作目の大冒険だけは別。
見所はなんといってもこのシリーズには欠かせない、悪人にさらわれた飼い主を松五郎たち数十匹の犬が追いかけるシーンだろう。
更にハングライダーに乗ったり、パソコンを駆使する松五郎Jrも出てきて、こいつが本当に可愛い。
犬好きにはたまらない映画。
劇作家で日本語に対して大変造詣の深い井上ひさしさんが、 岩手県一関で素人を相手に行った作文教室の実際である。
いちいち納得の作文技法が並ぶ。 ツイッター流行りの現在、 日本人は140字しか文章をかけなくなってしまうのではないかとの危惧を僕は持つが この作文教室を読んだ者はきっといくらでも長い文章を書けるようになるだろう。
・文章を書くとき下書きを書く。するとその下書きの前のほうは大体要らない。 ・いきなり核心から入る。 ・自分をさす人称代名詞はできるだけ削ったほうがよい。 ・日本の国語教育は、子供全員をプロの小説家か詩人にしようとしている。
井上ひさしが40年前に書いた戯曲を、本人が書き直した蜷川幸雄演出の3時間の舞台。井上ひさしは、今回の公演にあたり徹底的に書き直しを行なったので、内容は現代に即しており、井上の最晩年の作品として価値は高い。文字で読めば退屈かもしれない歌も、舞台で演じられるとスピード感があってよい。歌の部分の字幕は内容の理解の助けになる。道元の生まれてから帰国するまでの半生を劇中劇として見せながら、その一方で、比叡山にプレッシャーをかけられて苦悩する道元の現況(同時代人の栄西、日蓮、親鸞、源実朝なども登場)と、その道元の夢の中に登場する平成の婦女暴行犯の新興宗教の教祖のような男の留置場での取り調べの3つの場面が巧みに切り替わっていく。夢とうつつの繰り返しで、結末が検討がつかないが、ラストはどんでん返しが待っている。一人の俳優が数役をこなし、特に木場勝己は10役ほどこなしているが、その切り替えも楽しい。主演の阿部寛は道元と犯人の二役を演じるが圧倒的な存在感。この作品が舞台初出演の栗山千明は、少年時代の道元を初初しく演じる。横山めぐみは、妖艶でコミカルな尼僧を好演。舞台として芝居は、もちろん楽しめるが、道元の半生や、禅の理解、歴史の勉強にもなる作品。単なるコメディーに終わらず、セリフのところどころに散りばめられた、仏教や禅の本質をついた金言も見逃せない。以下はその例。“貧しくて若いということは素晴らしい宝物。貧しければ変わろうと考え、頑張ろうと思う。一枚の白紙があるとしよう。白紙には、まだ何も書かれていないから、寒々として見えるが、白紙にこそ、貧しさにこそ、最も美しい文字を書くのに都合がよい。”
井上やすしの本は、読んで納得!この本も遅まきながら買って読みました。状況が手に取るように浮かんできます。
手紙、届出書、習作からの引用などで構成されたトリッキーな連作短編集。驚くべきアイデアを次々と繰り出してくるところは作風は違うが乙一の「ZOO」を連想させもする。全体に作者独特の温かみが漂っており、それを臭いと感じる方もいるかもしれない。また、単行本の刊行が昭和53年とは思えないほど言葉遣いなどの感覚が古い(昭和20~30年代風)点が玉に瑕。しかし、純然たるミステリーとは言えないので忘れられがちだが必ずチェックしておくべき傑作である。
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