ケンちゃんが主人公だから見たのですが・・・ うーん、ケンちゃんとは名ばかり…。 ケンちゃんは子どもなんですが、 「フウムーン」の健一は青年で、しかも無駄に男前。 まぁ、仕方ないとしとこう。 ロックが金髪としても、別にいいや(もっと活躍して欲しかったス。)。 内容は原作の「来るべき世界」のほうが好きです。 アレは深いなとオモタ。 ロックの精神破壊とかが素敵。 ケンちゃんとロココの恋も原作の方が 私は泣けましたし。 ランプの死に様も原作の方が良い やっぱ24時間TVシリーズで1番面白いのは「ブレーメン4」ですかな。 唯一オモシレ!と感じたのは、ピーチと言う名のピノコが健一の妹として出演してた トコですかね。
新品同様で、ケース・説明書も汚れていなくて、満足のいくものでした。
マンガ表現の力をまざまざと見せ付けられた。 一巻の解説に柴門氏が語るように、 一コマ一コマに魂が宿っていた。 稚拙な解説では追いつかない、世界が広がっている。 登場人物のイデオロギーのせめぎ合いは、 息苦しいほど胸に迫る。 最終巻に参考資料が明示されていたが、 それ以上のものがあったと思う。 それは坂口氏の哲学的世界の他に無いだろう。 極東の日本から東欧のユーゴを理解するには 様々な壁を乗り越えなければならなかったと思う。 読後、私がこれを理解したかというと、言い切れないものはあるが、 随分飛躍しただろう事は感じる。 ただ、力のみを信じた者たちが最後に見ていた力は、 日本にも向けられた。そのように解釈していいですか。 この本は、あらゆる場面で、繰り返し自分に何かを問い掛けてくる。 そんな気がする。
坂口尚の絵は上手く、そして独特である。例えば第7話「影」の最終項を見よ。木々の影はいつの間にか一休の分身となり、一休の影は雄弁に一休のゆれる心、迷う心を描いている。セリフを持たない絵が「詩」のように語っている。 一休は世の禅僧のなかでも独特な位置にあり、それはなおかつ坂口尚の位置にも対応しているように思う。この本は坂口の師匠筋に当たる手塚治虫への挑戦だったのかもしれない。例えばいろんな階層の人間を描きながら常に民衆の視線まで降りていって描くというのは手塚と同じ創作態度である。しかしこの本で彼は「ドラマ」を排除した。繰り返し描かれる権力争い、戦闘での殺しあい、世阿弥の問答、自然、一休の生きざま。きちんとストーリーとして描いてはいない。これは手塚が嫌った「文体」である。しかしその印象は作者自身の死が身近に迫っているとは思えないほど、静謐、そして美しい。一休がそうであったように、坂口は坂口の道を行ったのだ。私は彼の漫画界での位置はもっと評価されてしかるべきだと思う。
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