一力ワールドでは真っ正直で一途な思いを持つ主人公が活躍する作品が多いのだが、本作品では幾重にも人物設定に工夫が凝らされている。テレビの長寿番組「水戸黄門」が終わってしまうように、今日では単純な勧善懲悪の物語はもう流行らないのかも知れない。
現代で言えばリサイクルショップの損料屋という看板の裏で、いわば私立探偵でそのうえ正義のためには“始末”さえもためらわない特殊工作員である喜三郎のグループが本来の主人公。本作では、これまでの敵役であった札差伊勢屋四郎左衛門と互いに度胸と才能を認め合う不可思議な関係を基にひそかに手を携えて事件に立ち向かうことになる。
三話仕立てで、富くじ発行権をめぐる詐欺に絡む一話では“猫”が、二話目では“茶”がキーワードになり、札差仲間の主導権争いに絡む悪事をあばく。最終章の三話は陰影の深い“にゅうめん”にまつわる話だが、これだけで終わらずに次の物語の始まりを暗示しているようだ。
本当のワルはまだ明らかにされていないと思うが、時代は寛政の改革のとき。徳川8代将軍吉宗の孫、11代将軍と目されていた松平定信が大繁栄の田沼時代の後に、倹約を説き武士の借金を棒引きにする棄捐令をはじめとする緊縮政策により大不況に陥ったとき。
今後話がどのように広がるか、見逃せない。
人生模様でありながらややこしさを感じさせず、一気に読める軽快な小説。親子二代に渡る話しの流れはパールバックの「大地」を思わせる含蓄もあり、読みごたえは十分。江戸時代の市井の生活観が容易に伝わってきて、違和感がない。小説もこのレベルになるとノンフィクションより人の生き様を語ってくれると思う。直木賞というのが納得の一冊。
先行の書評氏は一力さんに何やら思うところがあるのだろうか、たっぷりと皮肉を利かせ辛口の論評に終始しているが、一力さんファンの一人としてはここで一発まっとうな書評を呈したい。
筋立ては割りと単純で、江戸時代の巨大金融業者の札差を狙った騙りを巡って、激しく見得を切り、黒く輝くまなざしと赤く燃えるまなざしが真っ向から絡み合う知恵と度胸の勝負。その主人公は焦げ付き証文を買い取る取立屋で江戸の裏金融の顔役、六尺の大男禿頭の“いかずち”の弦蔵と配下の稲妻組の5人。
二部仕立ての第一部では素人の分際で玄人の畑に土足で踏み込む間違いを犯した小金貸しの蕎麦屋に、弦蔵に頼まれ押しかけた「しゃがみ屋」の思いがけない仕掛け。
第二部が本題。土佐のくじら組を追放された“いなさ”の天九郎一味が大坂米相場の空売りを餌に札差相手に騙りを仕掛ける。きっかけは勧進相撲賭博で裏情報を流し関心を惹き、その手にまんまと引っかかったのが一年の商いが十万両を超える大手札差の一人和泉屋喜平次。札差会所頭取を勤める最大手の伊勢屋四郎左衛門の引き合わせで弦蔵が動き天九郎一味を追う。追い込まれた天九郎が頼ったのが聞き込み屋“猩猩”の六蔵。見切りをつけられた天九郎は弦蔵宅に殴りこむのだが・・・と大団円では終わらせないのが一力さんの凄さである。最後にもう一度驚きの仕掛けが待っている。読んでのお楽しみに。
いい時代劇を見させてもらった。中村雅俊さん、小倉一郎さんそれに海といえば、七里ヶ浜のイメージだが、今回は江戸から明治への移行期を生き抜けた渡世人が、周囲に生かされて渡る世間という側面をドラマに描く。長五郎の少年時代を演じた小清水一輝さんは、見る人の親心を目覚めさせる好演。大政役の草刈正雄さんの姿を拝見したのは土曜ドラマ以来だが、背筋の伸びた姿は相も変わらず、いい男だ。
原作の山本一力さんの作品は読んでいないが、ドラマを見る限り、明治維新へと動く時代背景も入れながら、人と人との出会いの中に見いだす、つながりの糸や脈というものの繊細さ、さらには価値観の照らし合わせも問う映像に表現できていると思う。やや気が強うそうで幼さも残る、次郎長の最初の妻きわ役は松尾れい子さん。
次郎長は、凶状持ちとなってしまい三行半をきわに差し出し、「縁は切れても次郎長の女房はおまえ一人だぜ」の言葉を残し、無宿者となり縁あって三州に向かう。ところがどっこい、殺って川に放り込ん連中は、・・・。
清水に戻った次郎長は、きわが油問屋に嫁いだことを知り、二番目の妻お蝶と結婚した後のある日、ばったり、街できわに会う。「やっとあなたの夢を見なくなったのに」。これは、効くねえ、ご同輩!
勝ち気な役柄のお蝶役をこなすのは、田中美里さん。この俳優さんもまた、美しい。瀬戸への逃亡の旅は、暑気あたりでやつれ、荷車で子分たちに引いてもらう姿が、何とも、画面に向かって手を引いてあげたくなるほど。
米問屋甲田屋の番頭役、小倉一郎さんも「俺たちの〜」から何十年も経って、年を取ったなりにいい役柄を醸し出している。全編見ると、434分。時の流れに、一息ついてみてはいかがであろう、ご同輩。
DVD3枚セット。脚本、ジェームス三木。演出、冨澤正幸、佐藤峰世、陸田元一。主題歌:中島みゆき。
彼の本は、基本的にほとんど同じだとは思う(笑)。 職業、性別、年齢(は比較的20代の若者が多いが)等、ディテールを少し変えただけ。 けれど、正直に真っ直ぐ生きることの大切さを、照れもせず正面切って説き続けるその著作を読んで、やはり「こうでなきゃね」とホッとするのである。 正しいはずのことが評価されない、正直であることで損をする…そんな経験を重ねる程に、この愚直な真っ直ぐさに励まされる。 今回は始まりこそ房総の菜種農家であるが、すぐに舞台は江戸の商家に移って、いつも通りの山本一力のお話が展開される。 主人公の年齢を考えると、少々出来事を詰め込み過ぎ…の感もなくはないが、丁寧さで何とか最後まで物語を保たせたか。 この人の話は、食べ物の描写も魅力的(笑)。 今回は天ぷらです!
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