沖縄生れ、武蔵野美大ラテン音楽サークル出身。
70年代サウンドをバックに、実に自然体で歌われる大人のポップス。今時珍しいくらい人力で録音している感じが新鮮。
シングルカットされた大曲、「メビウス」がハイライト。この手の流麗なストリング・アレンジの曲が、時々無性に聴きたくなるのですね。全体でも捨て曲少なし。比屋定さんの歌い方はほんわかしていて、和みます。
きだみのるという人物の精神史であり、またその人物を追う著者の捜査日誌のようなものでもある。プロローグでは開高健や嵐山光三郎のビビッドな筆致による人物紹介――あるいはきだの怪人物ぶり――に引きつけられるが、それがあまりに面白いのでうっかり引き込まれると、著者の術中にはまってしまう。
きだの人格形成と精神の足跡を、きだ自身の著述や他の著作者からの縦横無尽な引用・傍証によって辿り、そのポジショニングを試みているのがこの本の中味なのだが、実はかなり噛みごたえのある内容なので、面白いと思ってうかうかと読みはじめると、場所といい時間といい、えらいところに連れて行かれる。
著者はどうやら長年月かけて、厚みのある底深い膨大な資料を渉猟したらしい。そのうちどれだけの部分を捨て去ったのかは計り知れないが、著述や傍証の断片的引用には、全体の理解を前提としているようなところもある。だが、それは編年的に構成された章立ての、どこから読み始めても面白く読めるということでもある。
ファーブルの『昆虫記』の訳者としても知られるが、アテネフランセの創設者であるジョセフ・コットの庇護の下、フランス語・ギリシャ語を学び、第二次世界大戦の直前のフランスに渡って社会学の泰斗M・モースに学んでいる。そしてさらに“幻”の著作『モロッコ紀行』から東京の山村をフィールドにした集落論に到るまで、そこに登場する人物や事柄の意外性にも興味がかきたてられる。
著者はその生涯を追いながら、副題である「自由になるためのメソッド」を追求しているようにも思われるが、物事をなすためにはすべて最適なメソッドが存在するというテーゼがあるとしても、この場合のメソッドはきだ自身にしか通用せず、普遍化できないものであろう。そこにまた、きだという人物の多層性を見てとることもできるわけである。一筋縄でいかない多重性――そのどれもがオリジナリティー高く、孤高で、清新。
この時節、そういう人物にはなかなかお目にかかれないから、きだという人が生きていたら、是非会ってみたいと思わずにいられない一代記として読んだ。
日本の文化スキーマの一つの原型を本書から見てとることが可能とも思われる。実際の経験をベースにしている、大変に貴重で素敵な記録と言えるのではないだろうか。それがまだ可能であった時点において、こうした"生"の記述をされた筆者は今の、そしてこれからの私達に大きなプレゼントを贈ってくださったことになる。秀逸な日本文化論が多数あるなかで、それらとは一線を画した、異なる性質をもつ本ルボタージュ日本社会論と思われる。おもしろおかしくもあり、知的刺激に溢れる必見の書である。個人的には20章台後半から30章台が特に興味を引いた。
きだ みのる(1895(明治28)〜1975(昭和50))は鹿児島県奄美大島出身の小説家、翻訳者である。終戦直前に東京都下の山村に移り住んで、日々の暮らしの中で調査・研究を続け、日本の社会性の基本は部落(むら)を単位としていることを細かく緻密な観察のもとに著したのが著名な“気違い部落周遊紀行”という、Political Correctnessに抵触するタイトルの著書である。彼は大学には所属せず、研究成果を論文の形としては発表していない。しかし、彼は実質的に文化人類学者であろう。なぜなら、彼はパリ大学で社会学者・文化人類学者マルセル・モースの愛弟子であり、アイヌ文化などについて発表している。また、この時期の中心テーマは“歓待”論であった。彼はホメロスを原書で精読し、ゼウスの核に”歓待“という概念を見出したのである。モースの著名な”贈与“論(宗教,法,道徳,経済の諸領域に還元できない全体的社会的事実の概念)と同様に、彼も、この”歓待“という概念を追求・分析し定義づけていった。それをミカドの聖性にまで定義を拡張していく。時代は戦前である。それにもかかわらず彼は研究をし続けたのである。あらゆる主義等から距離を置き、時流に迎合することなく、社会の深層の枠組みに迫ろうとしたのである。ある時には、女生徒の溜息の的の長身の美男子。ある時には、泥酔してさ迷うダメ男。 “きだみのる”を通常の物差しで測るのには無理があった。破天荒が過ぎて奇人と呼ばれたのである。詳細は本書でどうぞ。 本書は、非常におもしろかった。また、“気違い部落周遊紀行”を是非お薦めする。 ☆目次 第一章 ムラへ、真の日本へ 第二章 集落論――人が共に生きる原理 第三章 歓待論――ポリスは共生する 第四章 正しい人であること 第五章 モロッコへ、時代の先端へ 第六章 モロッコから――文化とは、民族とは 第七章 解放と自由のために あとがき 引用・参照文献
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