本書は、マル暴担当になった警察官が、ヤクザというものを知るために読むようにと、警察内部で薦められていたと言われる往年の名著。実際、著者自身がこうした世界と関係の深い人物であったために、リサーチは行き届いており、本書を通読することにより、ヤクザの生態がかなりよくわかることは間違いない。本書の魅力は、著者が現場をよく知っており、いわゆる皮膚感覚を持っているために、生身のヤクザの姿がかなりのリアリティーで描かれ、細々した日常の雰囲気まで伝わってくる点である。読んでいて、民俗学の名著を読んでいるような気にさえなるような、素晴らしいできばえである。とりわけ博打の華、いわゆる「手ホンビキ」の解説は、著者も「通」を自負していることもあり、臨場感溢れる見事なもの。但し、ここで描かれる世界は本書が書かれた時代もあり、もう一昔も前、「仁侠」といったものがまだ雰囲気でも残っていた最後の時代のもの。だから本書は、今日流行の「ヤクザ本」「アウトロー本」を読み慣れた読者には、別世界のように映るかもしれない。あくまで本書は折り目正しい古典的なヤクザの世界を知るものであり、「現代ヤクザ」を知るためのものではない。
監督・山下耕作、脚本・石井輝男、共演に菅原文太、松方弘樹ら、面白くないわけない痛快娯楽作です。
ネタバレと言うか、未見の方にアドバイスをひとつ
食事中は観ない方がいいかも。
作家・青山光二が90歳にして発表した『吾妹子哀し』は、 その年度の最高の短編小説に贈られる川端康成賞を受賞した。 タイトルは読み方が難しいが、「わぎもこかなし」と読む。 主人公の杉圭介が、アルツハイマー型認知症の妻・杏子の髪を切ってあげながら、 「吾妹子の、髪梳る(かみくしけずる)、春の宵……」 と口ずさむシーンがあり、そこからのタイトルだと思われる。
杉圭介は80歳後半の男性。 アルツハイマー型認知症の妻・杏子も同じ歳くらい。 物語りは、老老介護の話であると同時に、 年老いてもなお続く恋心、愛を扱った話でもある。
本自体には短編『吾妹子哀し』と、続編で長編の『無限回廊』が収録されている。 『吾妹子哀し』のほうが面白く、これはぜひとも読んで欲しい、お勧めの本である。 興味を持って欲しいので、一部を抜粋する。 ただし、短編なのでごく一部のみにとどめる。
妻の杏子は、来客に菓子を用意するといって、 様々な色の薬を盆に並べるほどに認知症が進行している。 場面は、杉圭介と杏子が寝室にいるところ。 娘夫婦の仲が良いという話から、妻の杏子が言う。 (注:改行はレビュー主によるもの)
「わたしたちも仲がいいのよね」 「年をとっても、ふしぎに仲がいい」 「あなたが逃げても、わたし、あなたを離さないわよ」 「逃げるわけがない」 「いちばんだいじな人」 どちらからともなく、お医者さんごっこを始めた。 しばらくぶりだった。 杏子のかんじんの部分は開口部がいくぶん小さくなっていたが、ちゃんと濡れていた。
老いてなお、そして、呆けてもなお、自然にセックスへ至る二人の、 エロチシズムのない肉欲の美しさ、それと同時に、ちょっとした滑稽さと、切なさ。 そういったものが凝集された部分だと思う。
川端康成賞を獲ったくらいの小説であるから、読んでおいて損はない。 長寿社会になった現代日本で、認知症介護は、どんな人にも起こりうる普通のことなのだから。
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