原発問題を語るうえで、どうしても、東電は悪者になってしまう。その福島第一原発にいた東京電力の社員が地震と津波に襲われたとき現場では、なにを思い、なにを行ったのかを、原発擁護論者も、脱原発論者も知る必要があるように思われる。
この「死の淵をみた男」は、情報が途絶していたあの空白の時間に、原発を命を掛けて守ろうと戦っていた人たちがいたことを教えてくれる。原発にいる現地の人間と、東京電力の間の情報の途絶。東京電力と政府、官邸との情報の不具合。最大の情報の途絶は、原子炉建屋と、原発をコントロールすべきところである中央制御室との情報の途絶(すべての電源消失・センサー類が一切動かない状態)があった。
この暗闇ともいえる、情報途絶のなか、日本を、そしてフクシマの故郷をまもるべく、原発を最悪の状態からの回避に現場の人達は自分たちの命を掛けてまで活動したことを知って感動すら覚える。最悪の状態とは、格納容器の破壊がおこり放射能レベルが人間が近づけないレベルまで急上昇する状態。そうなるとだれも手が出せなくなり、福島第一の4つの原子炉がすべてメルトダウンすることを意味する。そうなると福島第一だけでなく近くに立地し過ぎている福島第二にも近づけなくなることを意味し、それは第二もいづれメルトダウンすることを意味する、そうすると茨城県の東海第二原発もアウト...原発メルトダウンの連鎖を意味するのだ。そうすると日本は北海道と、西日本、そして人の住めなくなった汚染された東北から関東の広大な地域に3分割されることになるのである。
この最悪の事態を防ぐために、自分たちの命を顧みず、何度となくタービン建屋、そして原子炉建屋に決死の突入を繰り返して奮闘してくれた人々のお陰でいまの状態を保てていることを知るべきであろう。まさに、太平洋戦争末期に特攻機で命を散らしていった英霊をほうふつさせる働きであったとおもう。そして、実はこの福島第一原子力発電所のあった場所は、まさに、磐城陸軍飛行場跡であり、終戦間際に若者たちが特攻訓練を繰り返していた場所なのです。運命を感じます。また、この被災した原発の所長が、この吉田昌郎氏であったのが日本の救いだったと思えます。日本を守ろうとした英霊が彼をこの地に配したのだろうかと思える人物である。彼でなければ彼が居なければ日本は本当に3分割されていたかもしれません。原発の是非を超えて日本人として読んでほしい本であると思いました。
一気に読みました。 読み終わって、知る権利と取材者の使命感を考えました。まず、今西さんと週刊朝日取材班に敬服します。本当にありがとう。 最高幹部と昵懇でなければ、書けない内容だと感じました。原発事故については都合のいいことばかり聞かされてきました。原子力ムラの人から見れば、この本には不都合な真実ばかりが書かれています。だから、この本の内容に反発する人もいるかもしれませんが、私は説得力が圧倒的でした。官邸や、東電の会見とは説得力が違います。 原発事故の真実がわかりました。ありがとうございます。目からウロコの連続でした。
山口県光市母子殺人事件で当時未成年のFに妻と9か月の子供を殺害された、本村洋さんの3300日間を追ったノンフィクションです。タイトル「なぜ君は絶望と闘えたのか」は事件から最高裁判所での死刑判決までの本村さんの状況をピタリと表現しているように感じた。
中学時代から難病と闘っていた本村さんは、「子供は授かれないかも知れない」と病院の先生にいわれている。しかし学生時代に弥生さんと出会い子供に恵まれる。自分の命以上に大切にしていた弥生さんと、夕夏ちゃんをある日突然失い、何度も自殺を考えるほどの絶望の淵にたつ。
裁判の中で見えてくる司法の問題を、出会った仲間らと解決し全国を巻き込んでいくパワー。それは本村さん個人のものではあるけれど、限りない妻と子供への愛がそのような行動を生んだように思います。長い絶望との闘いを終えた本村さんに、新しい人生を歩んでほしいと心から思う。
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