小説として面白いことは、別のレビュアーの方が既に述べておられますから 省略します。とてもよくできた歴史小説だと思います。しかし、この本は曾先之が書いた原本十八史略とは、全く違うのですよ。曾先之の十八史略は評価の低い歴史書で、単なる歴史書の抜粋ですから読んでいて餘り面白くありません。はっきりいって創作を大幅に交えた陳氏の方が面白いのです。 古典の教材として良く使われる曾先之の本の訳を読みたい方は、別の本を読んだほうがよいでしょう。
この作品の何がいいと言えば、演出の素晴らしさという一言に尽きると思います。確かに映像は現在のテレビの方が優れた物を作れると思いますが、演出は現在のテレビ番組制作の仕方ではとても真似出来ないと思います。先ず、現在の番組制作は、これはNHKに限りませんが、視聴者を視聴者ごとに区別し、老若男女をバラバラにして競わせようとします。私もそういう競争が全てに於いて害悪と思いませんが、現在のテレビ番組は少し度を越し過ぎている印象があります。それにそういう事はテレビに強制される類の話ではないとも思います。余計なお世話です。この作品を観て下さい。どんな立場の視聴者でも安心して観てられますよね。また、制作に携わった方々、司馬遼太郎氏や井上靖氏等はそうそうたる当時の知識人の人達です。正に知の巨人達による硬派な番組作りだったというのが分かります。こういう番組が現在作られないというのは、日本社会全体が変質し、異常に成ってきている証拠だと思います。昨今問題になっている、いじめ問題等も結局はそういったテレビの偏向からきている面も否定出来ないと思います。改善して欲しいですね。
本作のスタイルは一貫していて、「史書に書かれた部分」と「史書に書かれていない、作者が創作した部分」で構成されています。
「史書に書かれた部分」では実際に史書に書かれた内容に忠実に従っている印象です。逆に言えば史書に書かれた内容そのものの真偽に関してはあまり触れていません。このため、本作の登場人物の一般的なキャラクター付けは、陳寿が正史三国志で描いた物に近いです。曹操は正史同様、というよりそれ以上に優れた人物として書かれ、逆に後漢末に曹操と対立して消えていった袁紹・袁術・劉表などは正史通りの欠点を持つ人物として書かれています。この時代の群雄に思い入れのある方には面白くないかもしれません。
例外として、ストーリーの大きな要素となる五斗米道・仏教などの宗教関係者、史書でも評価されない異民族などは意図的に評価しています。また、三国志演義で主役を張り、曹操と対比させて書かれる劉備は梟雄としてのキャラクターを強調して描かれています。
「史書に書かれていない、作者が創作した部分」は、推理小説家でもある陳舜臣氏ならではのロジカルな構成になっています。史書の隙間にパズルのピースをはめるような書き方、というのが適しているかもしれません。歴史学者が考えるような現実的な内容というよりも、小説的な面白さを重視した虚構と言えます。そのため予定調和と言えるような場面が多いのが特徴です。
非現実的とも思える展開もありますが、演義とは違った三国志小説としての面白さを持つ作品だと思います。宗教関係者や異民族にスポットを当てているのはこの作品が書かれた年代を考えれば特に斬新で、三国志の違った視点での楽しみ方を教えてくれる作品です。正史三国志を読んだことがない人には、正史に興味を持つきっかけにもなると思います。
陳 舜臣さんが、書かれた本の中でも最高であると思います。「小説十八史略」よりは、文章が硬いですが、最初の数十ページ我慢して読めば、すぐに慣れると思います。その後は、グイグイ引きこまれていきます。私は、旅行先等で読みたくなって買ったりしたので、何冊も同じ巻を持っています。おそらく、4-5回読み返したでしょうか。中央公論社の「世界の歴史」の中国の巻よりも面白く読めます。中国では、「歴史は繰り返す」というのは事実だったのだなあ、と実感します。
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