ルネッサンス期から現代にいたる梅毒の歴史が書かれている。ヨーロッパだけではなく、日本や中国にまで言及があり、データの多さには恐れ入る。 ただ、書かれていることの多くが同時代の人々のパーセプションや解釈に関するものであり、結局、梅毒がどういう病気なのかということはこの本からは分からなかった。基礎的な知識がない私が悪いのかもしれないが、ならば、梅毒という病がなんであるか理解している人にしか、この本はお勧めできない事になる。 文学史・医学史の研究者には有用な情報が多く含まれているのだろうが、興味本位で読む者には、痒いところに手が届かない、というのが読後感である。
戦時下の野戦病院での手術中に誤って傷つけた指から患者の梅毒に感染し、薬不足の中途半端な治療しか受けられずにこじらせてしまった、若い医者・謙二(三船敏郎)が主人公の1949年の映画。戦争から戻って婚約者・美紗緒(三条美紀)との結婚を夢見ていたのに、道徳的な良心、医者としての倫理から病気をうつして彼女をも苦しめることをおそれ、また真実を告げると彼女が病気の根治まで何年も待ち、婚期をのがすことを予測して、婚約者には真実を告げずに「あぶら汗」を流して自分の欲望を抑え続ける途を選ぶ。しかし、明日には美紗緒が他の男と結婚式をあげることを知り、自分の欲望に忠実に生きる方が人間として正直なのでは、と心の葛藤を吐露する。「静かなる決闘」とはこの良心対欲望の自己の中での対決を指すのだろう。内面の苦悩を1カットの長い台詞で一気にさらけ出すのが圧巻。その他、心に染みるいい場面が多い。同じ医者である父(志村喬)と互いの煙草に火をつけ合おうとする、父子の語らいの場面。ラストに巡査が謙二は医者の中の聖者だと言うと、父が「あいつは、ただ自分より不幸な人間のそばで希望を取り戻そうとしているだけですよ。幸せだったら案外俗物になっていたかもしれません。」と言うが、人の幸・不幸を考えさせる。この頃の三船にはまだ恰幅の良さはないが、本作での内外両面の凛々しさは格別だ。そして、初めは妊娠中の自分を見習い看護婦に雇ってくれた謙二を偽善者と憎んでいたのに、謙二の苦悩を知って、自分を見つめ直し、子供を産む決意を固め、看護婦試験を受けて合格し、病院の看護婦の柱となる峰岸(千石規子)が忘れられない。生死のドラマが繰り広げられる病院の中での女性の人格的成長にしっかり目配りをしている。見所の多い作品だ。なお、台詞を聞き取りにくい場面が数箇所あるのが残念。
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