本書のレビューを書きあぐねていた中で、浅田彰が昔、金井美恵子について「蓮實重彦(など)に依存せずにはいられない田舎者の『噂のオールド・ミス』」(大意)と貶したことを知り、酷いこと言うなァと思った。浅田に似ぬ、相当に品の無い、ルサンチマン丸出しの言葉だと思う。金井にしたって痛烈な悪口や毒舌を撒き散らかしているのだが、不思議とルサンチマンは感じさせない。
ここでは私なりに、ルサンチマンから生じる悪口を「既存の共同体的価値観を明示的/非明示的に召喚することで象徴的に多数派側に立ち、威嚇によって相手を遣り込めようとするもの」と仮に定義しておく。劣位にある者が、それを自覚するからこそ数を頼むという図式なんですが、金井の悪口の言葉には自分を多数派側に置こうというさもしさがなく、そこが「痛快さ」の印象を与える。浅田彰、敗れたり! って感じ。
というわけで『目白雑録3』、刊行から2年を経てようやく読了。この遅れは、ただ私の怠慢と気まぐれが原因です。今読んでも十二分に面白い。こういう痛快な毒舌の吐き手は、そうは転がっていない。
ところで本書中で私がもっとも共感したのは、60年代の末、草月会館にロブ=グリエの『不滅の女』を観に行き、「私はなぜかこの時とても疲れていて映画を見ながらうつらうつら居眠りをし、ハッ、として何度も眼を覚すと、なんだか夢を見ているような、ひどく曖昧な気持ちに」(p162)なったという件りで、私の場合は、こちらはロブ=グリエはシナリオで監督はレネの『去年マリエンバートで』をこれまで4、5回ほども観に行きながら、あれは本当に夢を見ているような映画だからなのか、観るたびに不覚にも途中で居眠りしてしまい、結局最後まで観通したことがない。「灰色のザラザラした粒々が眼を痛めるような映画」って形容も、とても頷ける。
全然カンケーないですが「金井美恵子」っ名前はタテ書きにすると、非常に尖った印象を与えますね。「金井」の部分が上向き矢印、末尾の「恵子」の部分が下向き矢印、中央の「美」の字が単独で上方に尖っていて、全体として非常にシャープな文字並びです。どうでもいい話ですが……
“映画批評家”中原昌也が14名の批評家、監督、俳優、作家らと語り合う。
ゲストは蓮實重彦、鈴木則文、柳下毅一郎、西島秀俊、芝山幹郎、阿部和重、
長嶋有、井土紀州、樋口泰人、青山真治、平山夢明、松浦寿輝、金井美恵子、金井久美子。
これだけ豪華でバラエティに富んだ映画対談の本は、近年なかったと思う。
「SPA!」の連載「エーガ界に捧ぐ」では言いっ放しの回も多い中原氏だが、
ゲストを迎えたこの本ではきっちり自身の映画愛を表明していて、
また「共感」を押し売りする最近の映画への苛立ちもしっかり伝わってくる。
賞賛するだけじゃなくて、「大奥」、「神童」などを
(ときに関係者を前にして)斬りまくるのも面白い。
対談なので読み口はさっぱりしているけれど、
現在の映画批評の最前線、といっていいのではないだろうか。
阿部和重氏との前著『シネマの記憶喪失』とは違った、
相手によって毎回違う語り口が魅力。
大物ゲストを相手に押したり引いたり、中原氏の「話芸」が読みどころか。
装丁もじつにかっこいい。前著に引き続き表紙の映画は「スキャナーズ」。
ボーナストラックとして「あとがき」も付いている。
映画好きを自任する人は必読だと思う。
「作者の目線」が遺憾なく発揮。 作者にしては有り難く読みやすい。くみしやすいという訳ではないのですが。 誰を指したわけでも、伏せ字にしたわけでもないのにあれは自分のことだと言う人間たちがいたとかいないとか。
今回も時事ネタを扱ったものが多い(雑録ですので当然ですね)のですが、言葉の扱いの正確さと上手さが、そして物事に対する考え方の鋭さが、真摯で良いと常々思ってます。金井さんのエッセイの帯にはいつも辛辣、とか辛口エッセイとか、意地悪な、という言葉で形容されているのですが、個人的にはただ単にストレートなだけではないか?と思います。まっとうな感覚の持ち主なのではないか?と感じるだけです。
サザエさんのとある一コマから堀口大學、矢作俊彦著「悲劇週間」を経て文芸時評や文学を取り巻く世界の鈍さについて語られ(この繋ぎが最高!)たり、現代アートの話しからイスラエル、そして村上春樹のスピーチ「壁と卵」をめぐる内田樹の慌てっぷりと結局のところどこか白けるスピーチ(陳腐)を扱う周辺について、ジャーナリスト(金井さん風にするならジャーナリストの上に点をいちいち打ちたい)鳥越俊太郎(を評して「どこの地方とも知れない抜けないナマリが誠実そう、というキャラ」という文章を差し込む!上手い!)のあざとさを指摘、などなど、まっとうな意見で心地よいです。言葉を正確に操ることの重要性に襟を正したくなります。もしくは整合性というここ日本では忘れ去られ易いものの重要性を改めて認識させられます。
文学と映画について、あるいはその周辺のことについて取り上げられることが多くて面白かったです。特に大岡昇平氏と藤枝静男氏の目にまつわる話しには考えさせられる部分が多かったですし、非常に面白く、また、この話しを春日武彦先生はどう思うのか?が気になったりしました。
のりピーの覚醒剤事件についての報道からヒロポン(はギリシャ語の「楽しい+仕事」をかけた造語です)を推奨していた時代を含んだ考察は至極ごもっともですし、その報道するアナウンサーに対しての形容がもう膝を打つもので素晴らしかったです。
そして、いろいろなモノが繋がる楽しさ、とも言うべきものがあって、金井さんが矢作俊彦氏や吉行淳之介氏(の作品や人柄)に対しての言及もかなりいろいろな意味で面白かったです、矢作さんの日記の話しは笑えます。いや、本当に凄い日記ですし、編集者の酷さと、それを文章にするテクニックが素晴らしく、尚且つ金井さんの指摘も笑えて最高でした。 文章の鋭さ、という意味においては矢作さんも金井さんと似ていると思いますし、素晴らしいです。
最後の方の『「W杯日本惜敗」でも「日本中が一体感」』は笑えます。私個人ははこういう『一体感』が気持ち悪く感じます。
金井 美恵子さんの文章が好きな方にオススメ致します。
金井美恵子の描く世界は残酷で美しい。この短編集に収められている作品はどれも素晴ら しいが、中でも特に「兎」が私のお気に入りだ。 庭で飼っている兎を殺して食べる父と娘。娘はやがて捕食者側の立場から、食べられる兎 へと同化してゆくのだが、その狂気とも呼べる世界が何故か異常に魅力的に見えるのは、 稀代の才能を生まれ持った作者の筆の妙か。 ストーリーや筋書きを超えた凄みがこの作家の作品には潜んでおり、それが今読んでもま ったく古臭さを感じさせない所以なのだろう。歴史に篩いをかけられても、なお後世に残 る秀作ばかりが集められており、小説好きには是非とも手に取ってもらいたい。 村上春樹と同じ匂いの「寂しさ」が全体に漂っていることから、同氏の作品が好きな方に もお勧め。
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