この上巻は謎の仕込みと伏線を張る段階だが、刃傷事件の勃発への対応の過程で柳沢吉保(当時は保明)と大石内蔵助の心の中で謎が膨らんでゆき、幕府と内蔵助が互いを意識するようになる過程がたたみかけるような調子で描写され、思わず時間を忘れて読みふけった。特に赤穂側の江戸からの使者の到着・総登毎の状勢が変化する様子はテンポが良い。
何より、綱吉=暗君、柳沢=大悪人というイメージを払拭するキレ者ぶりが光る。最近読んだ歴史本での両者の人物像に近い。閑話休題で綱吉の身長が低かったとする説を史料をもって退けているのは興味深い。
しかし、著者の他の著作についても言えることだが、著者自身が謎を創っているように思える。その最大のものが、家康の密書。ネットで検索してもそのような俗説の存在すら浮かんでこない。
また、側用人という職名はなかった(「将軍側近 柳沢吉保」)、浅野内匠頭の辞世はなかった(「逆説の日本史14」)と考えるべきだ。さらに、某計画がキーだが、「計画」という言葉はこの時代にあったのだろうか。江戸時代にはそぐわないように感じるのだが。
ただ、良くも悪くも本巻でまかれた謎の種がどう大きくなり、解決されるか、次巻以降に期待がつながる巻であることは確かだ。
昭和19年3月12日、雪崩による橋脚の流失が原因で山田線を走行中の貨物465列車が脱線、谷に転落するという事故が発生し、機関士1名が殉職している。これを映画で再現する為に本物のSLを築堤から脱線転覆させて撮影された。一命をとりとめた当時の機関助士の記憶をもとに再現したと言われるセリフは迫真である。また、当時の日本人の使命感の強さを感じる。全編にわたり、SLの引く貨物列車や客車列車の貴重な映像が楽しめるので鉄道マニアは見る価値がある。最後には電車特急こだまの走行シーンも出てくる。ストーリーに際立ったものは無いが、予科練帰りの息子が、ぐれてしまったり、娘が活動家の仲間に騙されたりと、戦中、戦後の日本の一家族の様子が描かれており、当時を知らない私には興味深い。
著者は既に信長の棺で本能寺の変の真相・謀略についてのいくつかの説を組み合わせて物語を構成していたが、この秀吉の枷(上)は秀吉の側から、ボスである信長の晩年の狂気の暴走とそれを阻止する謀略の進行を描いている。したがって、同じ「推理」を異なるアングルで描いているので、信長の棺を読んでおいた方がよいだろう。ただし、著者の採るような謀略説には無理があり、私は賛成できない。このことは信長の棺に対する私のレビューで触れたので繰り返さない。本書では秀吉の出自とそれに関係する尊王の心が、秀吉の行動を動機付ける大きな要因として強調されているが、秀吉がそのような人物であったという説を私は聞いたことがない。かといって秀吉の出自に関する定説がある訳ではないので、著者の想像力の大胆さを一つの可能性として許容してもよいと思う。ただし、本能寺の変の真相は本書に書かれた通りだと信じ込むことは避けて欲しい。
このように合理的でない謀略説の枠組みに著者の想像力を加味して書かれた本とわりきって、あり得たかもしれない人間ドラマとして楽しむ分には、この(上)は秀吉の生涯の陽性の面がよく描かれており、面白い読み物であることは否定しない。ことに竹中半兵衛と黒田官兵衛の個性はさもありなんと思えるほどで、著者の筆の冴えを感じる。
(中)、(下)は本能寺の変後の秀吉の話になる。後日それぞれについて別途コメントしたい。
著者得意の歴史ミステリー。今回は、信長が今川義元を討った桶狭間の戦いに潜む謎に迫る。
たしかに、当時の信長と今川義元の軍勢の差を考えれば、信長の勝利は奇跡といえよう。その軌跡の裏側に隠された秀吉の謀略。
なかなか、よく出来たストーリーだ。
でも、最近の著者の作品は、最初の『信長の棺』に比べると、衝撃が薄い。著者のせいというより、著者の作品に読みなれてしまったせいかもしれないが。
でも著者の若々しい想像力には感服。
これは面白い作品です。
主人公、太田牛一。織田信長直臣の戦国武将である一方で、『信長公記』の作者として後世に名を残しています。
彼は後に豊臣秀吉に仕え、秀吉の軍記を著しています。
言わば、戦国のジャーナリストかルポライターでしょうか。
この作品の見事さは、本能寺の変で移り変わってゆく天下の情勢が、創業家スタッフの立場にある太田牛一の目を通して語られてゆく点があげられます。
これは新視点とも言えます。創業家秘書のような存在の太田牛一にしてみれば、光秀、秀吉、家康等知己ですし、信長の本心など最も察せられる立場にあったはずだという解釈で話が進められています。
そして、ペンに生きるものとして『信長公記』執筆時の真実の探求という、信長の生涯を推理する面白さが上げられます。
本能寺の変、桶狭間合戦、秀吉の中国大返し。これらの大事件は、歴史的事実として伝えられながらも、知れば知るほど謎も多く残されています。
上巻は、信長訃報を受けた安土城留守居役の場面から始まり、大事件に巻き込まれてゆく太田牛一。そこから始まる信長の残した歴史の謎に迫ってゆきます。
安土桃山時代の歴史好きの方にはお勧めです。
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