シューベルトの幻想曲D.940はシューベルトの晩年ならではの極めて密度の濃い内容を持つ、おそらく誰もが認めるピアノ用連弾曲の最高傑作である。プリモとセコンドに要求される技術水準は十分に高く、部分的にはスクリャービンやラフマニノフ並みに音が分厚くなるため、アンサンブルを完成させるには非常な困難を要する難曲でもある。 セルメットとピリスは、たまたま同時期にエラート・レーベルと契約していたというだけでレパートリーの志向性は全く異なり(ピリス=(主に)ドイツ古典・ショパン、セルメット=(主に)ロシア物・近現代)ジャケットでも何やら不機嫌そうな表情の二人が写っているのだが、二人とも非常にクリーンな演奏をするという点では共通している。明らかに、二人とも非常に耳が鋭いピアニストだ。 D.940の演奏では、音が混濁しないようなペダリングやプリモとセコンドの音量のバランスを巧く整えるのが非常に難しいのだが、ピリス&セルメットはそうした課題を完璧に克服し、驚異的なアンサンブルの完成度を達成している。まるで一人で弾いているかのようだ。 この曲にはペライア&ルプー、カサドシュ夫妻、ギレリス父娘、リヒテル&ブリテン等他にもいろいろな録音が存在するが、ピリス&セルメットが達成しているアンサンブルの完成度には(私見では)誰も到達出来ていない。やはり傑作であるD.951のロンドも引き締まった、大変に美しい演奏だ。
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