本書は文章の書き方を指南するガイドブックではありません.そんなハウツーものは得てして叙述が断片的かつ皮相的で,あまり役に立たない.一方この本書は本格派.作文という困難事の原点に立ち帰ってそこから作文を見ていこうという手法です.第2章の冒頭に早々と作文の極意示されていますので,そのまま引きます.
「しかし文章上達の秘訣はただ一つしかない.あるいは,そのただ一つが要諦であって,他はことごとく枝葉末節にすぎない.当然わたしはまず肝心の一事について論じようとする.とものものしく構えたあとで,秘訣とは何のことはない名文を読むことだと言へば,人は拍子抜けして,馬鹿にするなとつぶやくかもしれない.そんな迂遠な話では困ると嘆く向きもあらう.だがわたしは大まじめだし,迂遠であろうとなからうと,とにかくこれしか道はないのである.観念するしかない.作文の極意はただ名文に接し名文に親しむこと,それに盡きる」
もう分かりました.ならば,私は名文を沢山読むことにしますが,名文が既に眼前にあります.本書自体が丸々名文なので,私は本書を繰り返し読み,わが血肉にしたいと望みます.著者は親切にも名文のサンプルを次々に蔵出しし,逐一説明付きで私たちに見せてくれますから,私は大いに助かります.本書の特徴はこのような例文が非常に多いことでしょう.例文に飽き足らない読者は原文にまで立ち戻れば良いのです.読者はこれら名文を何度も熟読するうちに用語を覚え,語彙を増やし,更には文章の呼吸とか調子とか,曰く言いがたい文章の何かを感受して体で覚えていきます. 28頁に石川淳のすごさを書いていますので,引用します.
「名文はわれわれに対し,その文章の筆者の,そのときにおける精神の充実を送り届ける.それは気魄であり,緊張であり,風格であり,豊かさである.われわれはそれに包まれながら,それを受取り,自分のものとする.われわれはおのづから彼の精神の充実を感じ取って,筆者が文章を書くことを信じてゐる信じ方に感銘を受け,やがて自分もまた文章を書くことの威儀と有用性とを信じるのだ.これこそ名文の最大の功徳にほかならない.たとえばここに,出雲の指物師,小林如泥のことを叙した石川淳の文章がある」
と書いて,この後に名文のサンプル「小林如泥」が提示されます.読んでいて圧倒されるほどの凄さです.どうぞ本書29頁を読むか,石川淳の「諸国畸人傳」にある「小林如泥」の全文を読んで,名文の最大の功徳を体感して下さい.石川淳がこんな文章を書くことができたのは,彼が古今の名文を浴びるが如く読んでそのエネルギーをわが身に引受けてきたせいでした.
ところで,名文であるか否かは何によって分かれるのか.それは簡単です.丸谷さんは,君が読んで感心すればそれが名文である,と.読んで感心し,敬服し,陶酔すれば,それはたちまちあなたの名文になります.それを繰り返し読むうちにやがてその名文は,言葉の操り方の師,文章の規範,エネルギーの源泉となる,丸谷さんはそう書かれました.となれば,名文を自分で見つける努力が不可欠となりますが,それも面倒だと思う読者は本書を何度も読めばいい.ときには音読も良い.気に入ったところはノートに書き写せば更に良い.永井荷風は師と仰ぐ森鴎外の文章を毎日,墨筆をとって模写していました.これを欠かすと筆力が落ちると日記に書いています.
|
|
|
★人気動画★
Associates: Breakfast
08/06/09グッドウィル・グループ ストップ高から一転ストップ安気配へ
手作り味噌の作り方
史上最遠方の宇宙立体地図が完成、ダークエネルギーの謎に迫る研究が進行中
ミルコ対サップ
安倍晋三 vs 石原慎太郎 衆議院 党首討論 2013.4.17
#306理事長,総長就任式
犬の水泳 鈴木らん 2011/08/14
|
|